ブックタイトル牛堀の文化 第4号 特集「私の昭和史」

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概要

牛堀の文化 第4号 特集「私の昭和史」

そのあとに大勢の門徒寺の僧侶を従えて進む。初日、中日、最終日と三回行われるこの行列を見るために沢山の人垣が出来境内は押すな押すなの盛況であった。西蓮寺には、国の重要文化財の「相輪楳」と「仁王門」がある。父は私がもの心付く噴から長年この寺の総代を務めていた。特に仁王門修復工事に携わった時は、お寺様に日参していた。私はある時、相輪棋の修復寄進者の名が刻んである中に、曽祖父の名前を発見して驚いたことがある。そのような環境で育つたせいか、少なからずお寺様の事に興味を持った様に思う。しかし何代前の祖先から総代をしていたかは、実家の父母も兄も既に亡く、聞くすべもない。まち私が子供の頃の西蓮寺秋季彼岸供養の時は、市がたつた。門まち前通りに並ぶ農家は皆長屋円であった。西蓮寺市には、関東近在から沢山の商人が集まり、その長屋門を借りて商いをし、寝泊まりもした。参道の石段の両側には露店が所狭しと立ち並び、お寺の境内はサーカス小屋、見世物小屋、夜は芝居小屋が隙間なく並んで寺の建物が見えない程だった。娯楽の乏しい時代、地元はもちろん近郊近在の老若男女が毎日のようにパスで通つて来た。その噴のパスは女の車掌さんが、黒の大きなカバンをぶら下げて切符を切っており、乗客はドアを開けたまま鈴成り行列先頭向って左が筆者の父必41i西連寺常行三味会のお練り行列(戦後)