ブックタイトル牛堀の文化 第4号 特集「私の昭和史」

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概要

牛堀の文化 第4号 特集「私の昭和史」

ある日弟が友達と田んぼ近くで遊んでいて、大きなうなぎを掴まえて来た事があった。珍しいうなぎを母が煮て、私達きょうだいは分け合って食べた。丁度そこへ叔母が幼い従妹を連れて遊びに来た。可愛い従妹は珍らしいお皿の上のものを見て「あたしも食べたい。」と言い出した。分けてやりたかったが、もう骨しか残っていなかった。O猫の病気ねずみそのころはどこでも鼠がいたのでよく猫を飼っていた。うちの飼猫のミーがあるとき病気になった。どこかで毒でも食べたのかもしれなかった。弱ってしまったミlを哀れんだ母は、魚を買って来てやれとき守つ。魚でも食べさせれば元気になるかもしれないと思ったのだ。香取の山の中に魚屋など無かったが、香取神宮に近い県道沿いの家でたまに魚を売っていた。「どうか魚がありますように。」と祈りながら私と妹は二キロの道を歩いて買いに行った。幸いなことにいわしがあった。猫にやる分と人間の食べる分を買って大喜びで家に帰った。猫のおかげで私達も久しぶりの御馳走にありついた。いわしが効いたのかミlはほどなく元気を取り戻した。0さつまいも農家ではない我が家の朝食はさつまいも、お弁当には母はごはんを詰めてくれた。母と弟はお昼もさつまいもを食べていたという。夜はすいとんが多かった。小麦粉の方が手に入り易かったのだろう。最初は小さいだんごに丸めて汁に入れていたが、だんだんに母は小麦粉を練って薄く伸ばし、包丁で細く切って汁に入れた。つまり手打ちうどんである。これは丸いだんごより余程美味しかった。魚をだしにしてネギを刻んだすいとんは特に美味であった。時々昔を思い出してすいとんを作つてみるが、今はどうしても鶏肉やカマポコを入れ、だしを効かせるので娘は「こんな美味しいものを昔も食べてたの?」と聞く。返答の仕様がない。-41-それでもお弁当を持って行ける私達はまだ幸せだった。中学校の同じクラスには、お弁当の時間にいつも編物をはじめる子が居た。その娘は痩せて顔色が悪くお弁当を食べている隣の子と話をしながら編物の手を休めなかった。噂では彼女は家の事情でお弁当を持って来られないとの事だった。家へ帰りその事を話すと「可哀そうに。」と母は言い、翌日ふかしたさつまいもを新聞紙に包んで私に持たせた。休み時間にその子の机の中に入れてやりなさいと言うのだ。その日は朝から機会を窺ったが、教室に誰も居ない時間など無かった。そしてお弁当の時間になり、夕方になり彼女は帰ってしまった。私はさつまいもを