ブックタイトル牛堀の文化 第4号 特集「私の昭和史」

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概要

牛堀の文化 第4号 特集「私の昭和史」

香澄、 八代統合後の校舎(牛堀中学校)二十才の教師菅沢静男師範学校を二O才で卒業して、東京の教職に就かず家庭の都合により潮来に帰って、教員になりました。小さい頃は、山々に固まれた長野県の松本に住み、旧制中学校を卒業するまで、松本で学び、多くの学友や友人、そして知人もできました。しかし、潮来に来てみれば、松本とは違って、幼馴染みは、誰一人いなくて、たった一人の旅路となりました。司iAq昭和二三年三月いよいよ八代村立八代中学校の教員として、赴任する日になって、自転車で出かけ、途中何度かすれちがう人に、赴任する学校を尋ねながら着きました。着任して最初に、気づいたことは正門はなく、少し離れた処には、古ぼけた住宅がありました。ここが私の勤める学校かと思いつつ、呆然として立っていると、自転車に乗って、兵隊服を着た人が、私に近づき、「菅沢先生ですか」と尋ねられました。私は「はい」と返事を返しました。その人が中学校の教頭先生で、これから先、いろいろと御世話になって指導を受けた恩深き明間先生でした。