ブックタイトルうしぼりの遺跡 ー埋蔵文化財包蔵地ー

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概要

うしぼりの遺跡 ー埋蔵文化財包蔵地ー

Y-51 島崎城跡本城跡は,八代小学校の東約800m舌状台地の南端部に位置し,標高は28~30mを測り,東・西・南に水堀を巡らし北は大堀(空堀)を構えて台地より攻撃を遮断している。またIの曲輪,IIの曲輪, IIIの曲輪など自然の地形を巧みに利用した中世の城郭である。島崎氏は,鎌倉時代の初期常陸大橡の奮が島崎に館を構えてより,天正年間佐竹氏に滅ぼされるまで,約400年にEる在地領主の地であった。城の築城年代は詳らかでないが,室町時代の頃と思われる。本城跡は,昭和61年より3ヶ年計画で調査が行われている。Y-52 観音寺山古墳群国道51号のバイパス敷設によって前方後円墳2基が削平され,さらに採土によって古墳の大半は削り取られ,北側に円墳1基が現存するのみである。又ここに観音寺の墓地があり,その南に近世の塚1基があったが,これも削平されてしまった。現在は荒地となり1988年4月に調査した際には1基の円墳を確認することも出来なかった。古くは前方後円墳4基,円墳10基,塚1基が存在したという。-44一