ブックタイトルふるさと潮来 第一輯

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概要

ふるさと潮来 第一輯

湖来あゆの一、糊釆の名称と自然環境名称の起掠我が郷土潮来の名称の起源については常陸風土記の行方郡糊来の条K次の如〈あるζ とに由来するといわれる。即ち「ζ れよD(香澄の皇)南に往〈十里板来村、北〈海浜Kのぞみ駅家を偉く、ζ れをベ’ eABt、板来の駅という。其西複林を成す(中略)古老いわ〈崇神天皇の性東夷の荒賊を平げんと建借聞の命(那珂の国造の初祖)箪土を率いて兇賊を略し{女姿の島にとけ〉まhJ透かK海の東をのぞむ時、けむD見えζ 』K人あるかを疑い、建借間合、天を仰いて誓いていわ〈、もし天人のりむDなら釆hyて我上を復へ、もし荒賊のけむDなら去って海中Kなびけと、時Kけむ-D海を射て流れる、とhk荒賊あるみおしくすやさかしゃっくと知D徒衆に命じて縛食して汲る。こhk国柚、名を夜尺斯、夜筑し斯というこ人首師となD、{八を掘D盤を造b常K住居し官軍をうかがい伏して守bさからう、建借間命、兵を馳せ追わせたので賊ζ とたけきつわものC〈逃れ還b盆を閉じて圃〈守る、建借間合にわかK謀を起し敢死の土をすぐD山のくまに伏せ隠し隊を滅ぼすの器をつ〈hy倫へ、厳K海泌をまもhy船を連ね筏を編む、雲蓋を飛はし虹修を抜hy、天の主、rレ寺&烏琴、天の烏笛、波Kしたがい糊を逐うて杵島由を唱う、七日七夜いへ遊び楽しみ敬い舞う、時K賊党その盛左る音楽を聞き、一房を挙げてみ植敏雄田わらへ男女ζ とCとく出て来D浜を傾けよるζ び咲D、建借間命ζ の時、騎士K命じて盤を閉じ後から襲撃し、とととと〈種属をとらへ一時いたくふつK焚減す。此時痛〈殺すというとζ ろよb今伊多久の郷という。段K斬るというととろを今私松丸の村(古高)という。安〈殺すといよという。士口〈殺すとζ ろを今-4-うととろを安伐の里(延万の安婆台)吉崎の村(延方の江崎)という。」。以上引用が長〈なったがこの末文Kある様K建借聞の命が荒賊をいたく殺したととろから伊多久(板久) の名が出たと風土記Kは-記されている。尚ζ の板久は後世江戸時代の元禄年間、水戸藩主徳川光箇(義公)が「鹿島K糊宮あしたDて、常陸の方言K糊といへるととは輿あるとと」として潮来と改めたもbといわれる。又郷土の先覚者宮本茶村の郡郷考Kよると「板釆叉板久K作る、元禄中潮来K改めて訓は出の如し、潮の宮の訓によるとぞ」とあるところからも板久、潮来の名称の由来の大要を知る乙とができようo自然環境漸来町は霞ヶ浦と北浦K狭まれた行方台地の最南端K位偉し、一束は北浦をもって鹿島町と相対し、西は牛堀町K接し、南は北利根川を