ブックタイトルふるさと潮来 第一輯

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概要

ふるさと潮来 第一輯

地名ー--,潮来L__につ潮来という地名の由来を詮索する場合には、つきの二点を解明し左ければ左らないと思います。山「イタコ」という地名はどとから生れたものであるか。凶それK現在の「潮来」という漢字を当てたのはいつからであるか。無論、結論は出せ念いので、とζでは従来どん左人がどん念推論をたてているかを、周知の事実とは思いますが、あらためて紹介さぜていただきます。まず、常陸風土記で地名説話をみると、郡の南二十里K香澄の里あり。(中略)此の里の西の海中の北の洲を新治の洲をいふ。略)此より南十里K板来の村あDo近〈海K臨みて、駅家を安置けhyo此を板来の駅といふ。その西、榎木林を成す。飛鳥の浄御原の天皇の世に、麻績の王をして居処らしめき。其の海に、塩を焼〈渓海松、白貝、辛蝦、鈴を多K生す。古老の日へら〈、斯貴の瑞垣の宮K大八洲知らしめし天皇(崇神天皇)の情一κ、東の夷の荒ぶる賊を平けむとして、建借聞の命(やがて此は那賀の国造の初祖なhy)を遺-P給ひき。(中略)とζK国偽名を夜尺斯、夜筑斯と日へる二人あp。みづから首帥と為Pて、中し、て大久保錦穴を堀D盤を造D、常K居住みて、宮軍を綱伺ひ、伏し衛hy拒抗きき(中略)建借間の命、騎士をして盤を閉ぢしめ、後より襲ひ撃ちて尽K種隠摘を囚へ、一時Kして焚き滅しき。此の時、痛〈殺すと言ひし所をば、今、伊多久の郷といひ段K斬ると言ひし所をば、今、布都奈の村といひ安〈殺ると言ひし所をば、今、安伐の里といひ吉〈殺すと言ひし所をば、今、土口削のロ巴といふny 円正板来の南の海K洲あ-P。三四里許あP。春時は、香島、行方の二つの郡の男女、尽に来りて、津の白貝、維の味の貝つ物を拾ふ。肥後和男氏はその著書「風土記抄」の中で、中央政権K伏さ左い辺境民の存在を乙れを以って暗K指摘しておられるが、いわゆるその先住民的辺境民を痛殺する意味で「伊多久」と名付けたとするのは興味ある見解であると思う。「宮本茶村郡郷考」では、とれらを布都奈の村は、現在の古高安伐の里は、古高の安波台古削のロ巴は、延方の江崎Kそれぞれ比定している。