ブックタイトルふるさと潮来 第二輯

ページ
59/128

このページは ふるさと潮来 第二輯 の電子ブックに掲載されている59ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

ふるさと潮来 第二輯

備44 後糊ZAの公栓民会は磯山清兵衛等相議して「研伝社」と改め伝律研究に託して有士の結合を堅め、教員香取喜七、宮内文三郎、長峰静一等父兄を誘導す。茨城県連合会の尭是明治十三年二月十五日・十六日、代表たちは茨城県ていあん1話、連合会と名命して、提葬者の同舟会K事務をまかぜて県下十八都を十一の加盟結社で分担して、全県下K於て八十余万人の白楳で二十日闘の矧限を定め、三月二十日再会の上請願安員を退出の上上京さぜるζととし語頗喜の起草は斉藤斐と関戸覚蔵K一任と決定したのであった。国会出設請願の本県暑名は一万一千八百十四人であった。4.水心楼の会合と其後の動き十三年秋の刷成向盟東京大会に於いて闘八洲の有志五十余名が江一呆の水心楼K会合して実力Kよっても国会をかちとると苦いあった。5. 十四年三月三日、六県の代表者百余名が「規約」つくって、闘東同志会の趨意書を採択した。この関東同志会はのちの自由党関東派とか関東決死派と呼ばれずき一-るば記事件をひき起す強力な行動印体でもある。京橋に中央通信所を設げて東京と各県政社との連絡通信を緊密Kした。長czd」F一「茨城の磯山清兵街、森隆介。群馬の木晶子退蔵、長坂八郎、新井載。埼玉の保積良刷、中出国誕三郎c栃木の新井章吾、鯉泊九八郎、塩出奥造、出中正造。千葉の吉原治郎八、一品野麟造。神奈川の水局保太郎、佐藤貞幹らが光っていた。」(日本の歴史所蔵日近代国家の出発) 東北K於ては、東北七州代表十四名が東北省志会を設立。十四年三月一日仙台K一山門会して盟約と申合ぜ、規則を決定、総戸数の過半訟の国会同組者を盛借を当った。石川県K於ては杉田定一の強力組械が出米、新宮市トでは十三年から十四年Kかげて三十の小結社が生れた寸十四年二片山際七司の越佐其技会が結成され、県下五ζれらを統一する北民自由党といつの自由党が出来、う大組繊が十五年凶月K結胤された。'a:'一て国会の請願大阪K開かれた全自有志大会の結果、何回会制成向盛会が組織され、大津淳一郎、岩沢仲通等茨城県を代表して同盟し時威Kつとめ、明治十三年四月有志大会の委員、片岡健吉、河野広中、東京の太政官に伺候し、「国会を開設する允可を上胤する害」を奉った。