ブックタイトルふるさと潮来 第四輯

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概要

ふるさと潮来 第四輯

見されていない。構成と土器型式の変遷過程がとらえられた状況から推して、さらK南部の区域やその他の場所で発掘が進められるならば、鵜ガ島台式K後続する土器式の在り方がいっそうあきらかKされるのでは念いかと期待してしかし一区から六区Kわたる貝層のいる。四考察以上は本貝塚発掘の概要をとりまとめたものである。何分Kも短期間で限られた調査であったので、結果も限られたものKなっている。しかしとれまで正式調査その内容や性格Kついて未知今回の発掘Kよって、そζの一部のなかった遺跡でありの状態であったが、分なりとも様子があきらかKされたことは意義があっまず縄文早期のとの附近の自然環境と食糧の形相が推察されるが、特K周辺の低地が多くの魚介類の繁殖K恵まれた浅海砂泥性の海たとがもう。とれKよって、浜や所々K浅く海水の流入をゆるす潟が広がっていたななことから利根川を遡ったり、ハマグリ、となもわれる。霞ク浦K関係する支谷Kは、どの輔水系の貝類を多くした茅山式文化期の貝塚が存茨城県Kないては、筑波郡東カキ、ハイガイな在している。すなわち、花積下層式土器を出土そとの貝層はハイガイをもっとも多〈し、栗山貝塚A地区は茅山式土器するが、それにハマグリなどの離水産貝類が加わっている。石岡市の三村貝塚は、貝塚であり、塚は、マガキ、マグリを多くした輔水産結城郡の鬼怒川渓谷K関係した貝殻山貝ヤマトシ・γ、、、を主体としているが、他K輔水産の各種員類を混在させている。北相馬郡の小貝川水系K臨む守谷の同地貝塚では、下層Kハイガイ、カキをそとK茅山式や他の繊維土器を出土する。層はヤマトシジミを主体とし、後期その他の土器が発見される。千葉県側では、多くし、上-109-J14μJl小見川町の城之台の早期輔印描郡の間野台貝塚は、カキを最多とした輔水産貝塚であり、水産員塚をはじめとして、佐倉市一一日月山貝塚もハイガイ、マグリを多くした貝塚である。以上の茅山式系の貝塚K対して、早期前半の撚鴇崎、茨城県糸文系の土器を出土する千葉県西之城、花輪台の諸貝塚がヤマトシジミを主体し、を混在させ、輔水産貝類また前期前半の奥まった員塚Kヤマトシジ、、、を主体とした員層がみられるようなζとなどを比較的対象してみると、間接的ではあるが、川崎純徳、寺門義範両氏らが指摘されたようK茅山倉の条痕文土器文化期に海進がいちぢるしく高まっていたととが推こうした利根川水系の海進状況から推して、察される。