ブックタイトルふるさと潮来 第四輯

ページ
52/126

このページは ふるさと潮来 第四輯 の電子ブックに掲載されている52ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

ふるさと潮来 第四輯

廷の勢力範囲を示すもの左白だそうだが、千四五百年前κとの様左すばらしい墳墓を築いた豪族、ととの場合はオフ族と云われているが、その統率下にムラの生活を営んでいた人々はどの様な状態であったのだろうか。天神塚を出て県道を二百米程進むと右手κ白幡八幡塚がある。ζの塚は何回も見慣れた塚である。一周すると畑の中K埴輪C細片が見つかる。大川文氏の研究によると、「ζC塚は傾斜がゆるやかで底面積が大きい点で、日本K少左く支那K多い型であり、支那の墳墓型式を模倣した当初の古い塚であるらしい」と云うζとである。八幡塚は大生神社のすぐ近くである。跳むる大生神社の樹叢は県指定の天然記念物であるが、まさに森厳である。亭々と聾ゆる松の巨木、黒い迄Kとい緑の枝をあた・9一面わだかまぜる椎む大樹、幾百年の星霜を生きぬいて、私達K無言の歴史をささやい塚の頂上よりている。参道へ入らず左折して、更に百米程行った所K、桑畑K沿うて百米程行き、しじみ貝白散乱している場所あたbk目を配ると、土器の細片が見つかった。近くに幹の半ば朽ちながら、なほ生き長らいているあららぎの古木が一本わびしく立っている。があった。大木庭の植木Kせまほととから更に二百米程行った所にもク所しじみ貝の出土地があった。其処は相当量白貝である。との辺一帯は貝のある左しにかかわらず土器細片が見つかる。大生神社を中心として、数ヘクタールにわたる地域は縄文遺跡弥生遺跡古漬遺跡と複合的に考えてよいでは左いだろうか。ではないが樹の姿がいかにも古く、しきものである。う大生神社を後Kして大賀K向う。途中文十院に立寄る。無住の寺である。小さい粗末なれFそらく明治の頃つくられたのであろう堂があるのみである。だが寺域の様子や楠植の大木のただずまいは、如何にも立派で-44一