ブックタイトルふるさと潮来 第五輯

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概要

ふるさと潮来 第五輯

大生古墳群の測量〈昭和すき槍稲茂崎村木雅弘繁博明、はじめに潮来町大生神社を中心とする大生古墳群は、故大場磐雄先生によって一部が発掘調査され、既に『常陸大生古墳群』が刊行されている。県下有数の大古墳群である。報告によると旧大生原村には計一一六基以上の古墳が存在し、それらの中には九基の前方後円墳が含まれているという。現在ζれらの古墳が全て残されているとは云えず、特に大生西古墳群では1号墳及び2号墳という前方後円墳の南側は、前方後円墳一基を含めて全て削平コれて畑地と化しており、報告書の分布図には十三基が図示されているので、とれらは全て浬滅した。大生東古墳群においても同様で、稲荷塚古墳は現存しているが、周辺部は畑地と化し、報告書に図示された円墳は殆んど見られない。乙うした遺跡の破壊は全国的傾向で、特に三全総の進行と共に増加している。乙うした情勢の中で筆者等は、出来るだけ多くの古墳を後世に伝えるために、古墳の墳丘測量を県下各地で実施して来た。今年度は潮来町教育委員会と大生神社の協力を得て大生古墳群の中から、大生西4号墳、5号墳及び大生東古墳群の姫塚古墳を選んで昭和五十四年七月二十三日より七月二十七日の五日間で実施した。以下本紙を借りてその概要を紹介しておきたいωなお今回の測量は茨城大学人文学部史学教室学生の指導により、東京電機大学高校考古学研究会が中心となって行ない、潮来町教育委員会石橋達朗、大生神社宮司丹羽克夫、氏子総代篠崎松太郎、大川文、潮来町郷土史研究会立野三司各氏の物心両面に渡る援助を得た。記して心から感謝したい。(茂木)ニ、大生西第4号墳(槌頁参照) 測量の結果、墳丘は、主軸を西北西から、東南東に置き、主軸長約六三m、後円部径四Om、前万部幅三五m後円部高さ五、九五mを測り、墳丘のまわりに周陸が存在する。外見-67ーは全体的に均整のとれた中型の前方後円墳である墳丘は後円部頂と、前万部の北側先端部が僅かに変形している以外は比較的良く旧状をとどめており、墳丘全体に赤松が残り、周辺部は雑木に覆われている。本墳は、測量の結果から、後円部径四Om、前方部幅三五mと把握出来たが、後円部径が、前万部幅よりも五m広い乙とから、平面プランにおいては、前方部が未発達の古墳時代前期の墳丘形態を踏襲していると云える。しかし高さの面では、前方部及び後円部の高さは殆んど同