ブックタイトルふるさと潮来 第五輯

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概要

ふるさと潮来 第五輯

江戸時代のお伊勢詣窪谷二a:早江戸時代には一般庶民は、一生児一度はお伊勢詣をしたいと云う夢を抱いていた。幕末の頃になると経済が向上し、潮来地方も暮向が良くなって来て、この大旅行を決行した人があった。現今なら新幹線を利用すれば、東京から一日で往復出来る行程であるが、昔はお伊勢参りをかねて、京都・大阪迄見物するので、二ヶ月乃至三ヶ月比渉る大旅行である。治安も医療も不安な時世だったので、生死の程もわからない。水杯で家族親戚に送られて出立したと云う話もある。頃は安政五年、潮来町浜一丁目に扇屋安兵衛桝屋次兵衛蛭子屋喜助と云う仲良しの友人三人が、長年の夢を実行した。三ヶ月かかっての大旅行、今なら世界一周も出来る日程である。旅行記を一読したが、毎日八里(幻K)から十里(刊K)の徒歩旅行で、その途中は近辺あらゆる所を見物している。交通の発達した現代に生活する私達でも、彼等の歩いた足跡を隅なく旅行した人は少ないだろう。否半分も見ていない人が多いと思う。蛭子屋喜助さんが百三十枚の旅行記を残して置いてくれた。その一部分を紹介して、往時の旅を知る一端としたい。この旅行記は蛭子屋さんの子孫である。辻の本宮カツ子さんが所持しておられます。道中日誌(伊勢参詣)安政五午二月三日出立//五月五日帰宅同行三人扇屋定兵衛潮来浜壱丁目桝屋次兵衛蛭子屋喜助我天保の頃より伊勢参宮を心懸け町内の明友と太々講相企て、月毎に少々宛の積金致し置候処、折あしく悪年に掛り、右積金配分致し、また翌年より続て、溜講かけ置候処、嘉永子正月大火之悶り、連中一同類焼仕り、足末だ御縁の来らずと、尚亦翌丑年より引続て溜講かけ合致し、連中一同打揃、参宮を相待所に、好き時節之乙れ無く、唯御縁のみ待居候所安政五年午正月調と思ひ立、両三人にて心掛け先つ御郡官江御願書差上け。御聞済に相成り、是より吉日をえらぴ、鹿嶋香取の両社へ、旅立の道中安全を祈り、二月三日家を立ち、扇屋川岸より出船す。-87-ζ〈@う安政五午年二月三日出立、雨天に付、石納上り、江戸犀泊り四日、大西風にて船上り兼、押砂にて中食を食し、神崎へと