ブックタイトルふるさと潮来 第六輯

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概要

ふるさと潮来 第六輯

たもの」(「花洛名勝国会」)といわれる。外にも清拙和尚を開山とする南禅寺の聴松院(清拙和尚の法曽孫の希世霊彦が建立した勺ちゅうた南禅寺の塔頭)や建長寺の禅居院、開善寺もこの像を肥っている〔文献〕『日本仏教の心五』ちんそう(却)頂相彫刻とは禅僧の肖像彫刻の呼称。禅宗様伽藍配置では、祖(掴)師堂が不可欠され、ここに達磨大師や臨済義玄・百丈懐海などの祖師高僧像を記っただけでなく。開山堂には初代住職の像を安置たっちゅうし、塔頭にも関係高僧の像が記られた。円覚寺開山仏光国師(無学祖元)像・寿福寺明庵栄西像二躯・瑞泉寺夢窓疎石像等々すぐれた作品が多く伝わる。〔文献〕『鎌倉事典』なお、建仁寺の禅居庵には、元禄十年の朱書のある大鑑禅師坐像が安置されている。しんかん(臼)後醐醐天皇康翰(原漢文) ちょ〈びらんとどまぶつけ勅す。見嵐留ることなし。仏家の月は高く輝き、衆の流れ異らず。けだもつか〈法泉の水は常に澄み、禅宗妙法。蓋し以て斯の如し。愛に正澄和すで尚、這に漢朝を辞し日域に来りてより以降、年紀巳に十五年の運たちまあいき転を送る。今春忽ち大滅度の円寂を告ぐ。大塊の憶気なるや、遠そ近嵯傷せざるなく、四海の清風なるや、真俗哀惜せざるなし。其なんほうしようお〈りなのたまはの遺徳を思へば、蓋ぞ褒賞を加へざらん。誼して日く。大鑑禅師と(『南禅寺史』)〈び(日)『太平記』に「一ノ宮(後醍醐天皇の第一子尊良親王)ノ御頚ヲパ禅林寺(南禅寺)ノ長老夢窓国師ノ方へ被送、御喪礼ノ儀式暦応二年二月十七日おさめヲ引繕ル」とあるが、『南禅寺史』「夢窓国師」は「大鑑禅師」の誤りである。-29 -