ブックタイトルふるさと潮来 第六輯

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概要

ふるさと潮来 第六輯

四郎兵衛網代これは徳島地先より京五に延び山し、それよりみお木方面に向かって、内浪逆浦湾に沿う、庄兵衛網代熊谷陀兵衛の創始せるものい子卜併比より、舵川の吐口、八幡多鼻に向かいて建てたるむの、大崎屋網代明治十二年より大崎幸次郎の創業せるもの、守新須より徳島に向かって、建てたもの、漁業法の実施に当り、大崎千之助が、定置漁業権を取得した、権次郎網代宍倉権兵衛の先祖権次郎の創始せるもの、現今の狭海堤防の場所、沿岸に自生する涌草、真菰等の葉が枯れ、魚類が越冬のたすめ潜伏したところを、周囲に費、又は網を張り廻し、採魚する漁法で一、精巻ある、其の漁場は内浪逆浦で、北日は蒲などの繁茂が少なかったので、漁獲高も又少なかったが、近年は好漁が出来るようになった、水底に木、枝等を沈めて置き、冬季魚類の潜伏一、於染オダマキしたものを捕える、其の定置場は左の如し、鰐川需の西側に沿い徳島前より、新須迄に総数十七ケ所乃至二十五ケ所限り、徳島の西端水神下より鰐川樗までの問、内浪逆浦の左右に定置す、これは予め其の数を定めていないが約十五、六ケ所を定限とした、十一番川吐口より、鰐川湾まで、川湾の左右に定置するもの約二十ケ所能川より鰐川需迄の問、能川需の左右約二十ケ所以上は外浪逆浦に於ける古来よりの漁場で天保二年水行御改めの閥、幡幕府御勘定吟味方改役、御勘定並びに吟味方下役出張、川通し漁猟場、水行差し障り取り締まり、河幅定杭打建ての際に差許しに成った分でゑ山ヲ。、外浪逆浦には定世場無し、独り内浪逆浦に於て注進免尻、南割尻、後開州尻等の草生地に設置を許可した事があるが、蒲巻が豊漁を告げる僚に成って止めた、一、賛立以上の漁業中、引網、蒲巻は一ヶ年乃至三ヶ年の期限を定め、村役人の見込みで、漁業者を指名したが、又其の年の成り行きで、漁業希望者多数の時は、入札により高値の者に落札し、就漁させた、網代、賛立、於染は最初に敷設した者が漁事を停業した場合に限り他の者に交替させた、網代、費立は天保以降年限を定めて引網、蒲巻と同方法を取った事もあった、-72-前項の漁業者は運上金と称し、村役所に税金を納入した、其の内若干は水戸藩に納め、残額は村役所の経費に使用した、鳥猟は、毎年十月朔日( 一日)より、翌年二月迄、調縄(もちなわ)にて捕らえること、親縄は暗夜が好猟で一週間に三夜、明月夜は一週一夜位、午後七時頃より着手した、一般の舟に凡延長五十間(約叩メートル)づつの細縄に鳥揺を油で煮た物を付け、五束乃至十束携え、小ろ舟に二人乗り込み、一人が魯を漕ダ二人が講縄を水中に投入す、かくて其の投入が終われば、最初の位置に返って、其の貌縄を水中より舟に取り込む、この時かかった鳥を捕らえるのである、又其の夜午前三時頃に再度講縄を投入す、結局一夜に二回実施する、がんかもはじろこがも〈ろかわにおちょう普通捕獲する鳥類は雁、鴨、羽白、小鴨、黒皮、鳩鳥等である、必ず銃砲若しくは網等を使用することは厳禁していた、これを担り