ブックタイトルふるさと潮来 第六輯

ページ
91/108

このページは ふるさと潮来 第六輯 の電子ブックに掲載されている91ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

ふるさと潮来 第六輯

はじめに常陸利根川、北浦、震ケ浦周辺の庚申塔、月待塔、水神塔、道祖神その他の石造物を調査しているうちに、それらについての所在地、形態、像容、信仰などについて興味をもつようになった。ここでは、それらの石造物の中から、二十三夜塔と十九夜塔の月待塔について述べることにする。数ある月待塔の中で、この二つの石塔は大変多い。今日では、二十三夜待は、二十三夜講、十九夜待は観音講となっており、それらは女性とのかかわりが深い。この地の月待塔をもとに、人と月、時代的な流れや、特に女性とのかかわりについて述べてみたい。月の信仰原始信仰としての月太陽や月は、昔から人間の信仰の対象とされてきている。太陽は、これまでの歴史から、特に外国において王権との結びつきが語り伝えられてきており、華々しい感じをいだかせる。月の方は、死や老など人間にとって避けることの出来ない定めではあるが、不死、不老長生等を顕い、現実を越えて永遠性に憧れる心を、神秘的な月に託し、太陽への信仰に比して素朴な感じである。月への信仰のはじまりは、おそらく、生、死、生理、妊娠、出産、冬眠、脱皮、再生といった生物の自然の営みの不可思議さ、偉大さを()月の盈虚に関連づけ、生への願望を月に託したものであったろう。農耕をするようになると、作物にとって不可欠の雨露は、月の恵みによるものとされた。月露は、作物に必要な水という現実の利益をもたらしてくれると思うようになる。そればかりではない。月夜の露の光る美しさは、人の力の及.はない現実を越えた神秘的な美しさがある。それは、とりもなおさず月の偉大さによるものと考えられ。それが月への信仰となるのである。それゆえに、月露を集めた水が、不老長寿の薬にされたのであろう。また、月の盈虚と女性の生理との不可分の関係から、月は、人間、その他、すべての物を生む源とされた。これらの考えが、やがて、豊作、生殖の神として、月への積極的な見方をするようになり、月にかかわる年中行事をにぎわすことになって、月待信仰として発展して行くことになるわけである。( 一一)日待と月待と女性-75-一定の場所に集合して、夜もすがら忌みごもりなどをして、日の出を待ち、日の出を拝したのが日待である。一定の日に、日待は、古代からの習俗で、神道的行事であった。この行事は、石自体を神と信じて、石に神の姿を刻まなかったところから、古い日待の石塔はないものと思われる。しかし、「実隆公「吉田鈴鹿家記」、記」などの文献から、日待の行われていたことは明らかであるとされている。それらの文献によれば、十五日があたり日ということ、参寵屋に相詰めたこと、宮中の行事ともなっていたことがうかがえるという。十五日、満月のその日が単に日の出を待つ日待だけの行事であったであろうか。夜を徹して日の出を待つ問、人々は、ただ、慢然と満月