ブックタイトルふるさと潮来 第六輯

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概要

ふるさと潮来 第六輯

二十三夜塔とは、月の二十三夜に、人々が一定の場所に集り、勤行飲食をともにして、月待の行事を行った講中が、供養のしるしに造立した塔のことである。二十三夜の講は、三夜待、三夜供養、二十三夜講などと呼ばれている。二十三夜塔には、二十三夜講中と刻んだものがあるが、これは、二十三夜に参加した人々を意味している。二十三夜待を、よく、庚申待と混同して考える人ゃ、地域の人々がいると聞くが、それは間違いである。「夜を徹する」という点で両者は共通するが、二十三夜待は月の出を待ち、庚申待は、日の出を待つ行事であるところに相違がある数多くの月待塔の中で、二十三夜塔は最も普遍的であり、全国的に分布している。月待塔といえば二十三夜即時ロをさすものと信じている人もいるくらいである。千葉県北部(千葉県佐原市)、茨域県東部(行方郡麻生町、牛堀町、潮来町、鹿島郡鹿島町、神栖町)にある二十三夜塔は、私の調査では七十五基である。これらの塔のうち、年代不明のものもあるが、造立のはっきりしているものについていえば、最も古いのは、潮来町辻にある寛文年間のものである。次いで、潮来町延方の古高と、佐原市加藤洲のものである。また、最も新しいものは、潮来町大生原と佐原市加藤洲にある。この地における二十三夜塔の造立は、寛文年間より、昭和の現代まで続けられてきた。造立月は、十一月が圧倒的に多く、九月、十月がこれにつぐ。四、七、八月は、ごく少なく、一基ずつであった。五、六、十二月、月に至っては全くない。ただし、四月の一基は、昭和の造立であり、個人の造立という点で、他のものとは異質であることに留意する必要があろう。造立日は、二十三日が最も多いが、には、「大吉日」の塔も見られる。二十一日とか、九日などの塔もあり、造立月のみで、造立日の刻んでないものも数基ある。「吉日」とするものも多く、中形態は、文字塔、刻像塔、板碑型などであり、この地は、文字塔がほとんどである。文字塔を、全国的に見ると、二十三夜、二十三夜塔、二十三夜尊、大勢至菩薩、得大勢至、徳大勢至、月天、月天子、月光菩薩、月夜見命、月読尊、産夜塔等があり、中に、下弦拝月や、庚申塔との併刻の塔もある。二十三夜尊、月夜見命、月読尊などは、廃仏棄釈の影響で-77-あろう。この地の文字塔には、奉待廿三夜講中’奉待廿三夜、奉待二十三夜塔、廿三夜、二十三夜尊、奉待廿三夜供養塔、南無妙法蓮華経二十三夜講、奉待廿三夜待、廿三夜講、奉待廿三夜尊、奉待二拾三夜間行拾八人、廿三夜得大勢至菩薩、奉供養廿三夜待二世安楽、奉供養廿三夜待成就、奉造廿三夜待為二世安ホ也、二十三夜塔、月讃命、勢至塔、月讃大神などがある。これらの塔の他に、廿三夜や、奉待二十三夜講中の文字の上に、党字を刻んだものがある。これは、勢至菩薩の種子「サク」である。党名は、マハlスタlマプラlプタで、偉大な威力を獲得した者の意であり、大勢至、得大勢至などの塔は、その訳である。二十三夜の主尊が勢至菩薩と言われる故である。