ブックタイトル潮来の昔話と伝説

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概要

潮来の昔話と伝説

、ノ-1.....部塚ろくぷしゅぎょう六部は日本六十六個国めぐりという六部修行を成し遂げた。せいちょう秋空の知く清澄そのものとなって旅から帰って来た。そして死を甘受する法悦境に入ってしまった。六部は死なねばならぬ。死ぬやっかい幸福の日はすでに来ている。それにしても他人の厄介になりたくない。自ら墓穴を掘りすすめてせんげんやまゆく。浅間山の山頂から七日七夜の間お経を唱えながら掘りつづけてゆく。そしてそしてお経の声がやんだ時をもって六部の死期と定めてよい。かねたたたちぎFヲ一説には六部が鉦を叩きながら立行をしておった。いまいずみしん、?えいもん今泉新右衛門殿が通りかかる。しようや庄屋のしかるに日も夕ぐれ時、てんじゅうえんこ庄屋は古高から東あたりへ転住したものか。古高に縁故関係が多「庄屋殿、恐入りますが水をこの鉦に一杯いただきたいものです」と所望なさる。庄屋は三固まで六部のために鉦を水を充てお・つじよ、つてはこんでやるD 六部はこれで心のどかに極楽往生ができるといってその場に息をひきとった。末期の水であった。しようりつかしまなだ六部塚に老松一本塗立しておった。鹿島灘三十五里の沖らしんぱんから見えて漁船の羅針盤の役割を久しくつとめたものの、さんけいあらた山の南面の土砂を掘りくずしたので山形ために改まり老松-96一は枯れ、六部塚の墓石は、山頂から道端へ移されてしまった口(延方)