ブックタイトル潮来の昔話と伝説

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概要

潮来の昔話と伝説

角屋の頓知ばなし昔々、延方集落に雑貨屋さんで角屋さんという店があった。主人は仲々の遣手でぬけ日のない男であった。銚子、波崎、佐原、鉾田、等、船で商売を手広くやっていた。近所の店にない品物でも角屋さんに行けば揃うと評判になった。当時仕入先の近くで、貧乏で子供の沢山いる家族から子供を貰い受け、子供好きの嫁さんに四、五歳位迄養育させ手のかからぬようになると、農家の地主さんや金持の家に養子に世話をする等のこともしていた。義務教育のない時代のことであり、小さい時は子守七、八歳になれば女の子は小間使い女中に、男の子は小僧さんから番頭に、年ごろになれば男の子には嫁を、女の子には嫁ぎ先を選んで世帯を持たせた。Ti巧t新田の開発が盛んに行われていた労働力の欲しい時なので結構しあわせに暮らすものが多かった。また親元ということでその家に皆んなも、時折集まり話し合、ユ事も多かった口その後店も益々になっていた。ある夜のこと、店の前の戸袋に狂歌が張られてい繁昌し財もなしていった。そうしたあるころ、近所のそねみか、角屋の品は高いといわれるようdpu 品川世た。砂延方の須賀の角屋の品々は富士の山よりなお高いu それを読んだ主は狂歌の書いてある紙をはがさず、すぐ、下の句を書いて張り出した口砂高くとも品がなければしかたあるまいu と。のんびりした時代ではあったがこんな頓知のある主人でもあったので商責は益々栄えた。(延方)弘14角・イ彦A唱す叫。』fn川ムr’叶ldJ働JA怖く也-B九州ザ句KUしい司令わhvJVν欄欄糊側糊州州側糊kww