ブックタイトル潮来町史

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概要

潮来町史

世近Wからは政治体制の変動にともなう動揺から、強盗を働騒動に使われた大砲の弾く者などが出没したようで、六月十日には郡奉行所より、次のような「申触」が出されている。近来郷中殊之外物騒敷、第V-90図押借、強盗之類多所々横行致候哉一一相聞候条、隣村申合組合立置昼夜共厳重村内相廻、若怪右見届早々順達可レ被レ致候有レ之候ハ\早速揚捕最寄出役無レ之候ハ、、御役所え可ニ指出一候、敷者見当又ハ押入候者これでみると、最近は押借や強盗が出没している。そのため村むらでは何か村がごとに組合をつくって、村内の巡回を怠らないようにせよ。えて、藩の役人か役所へ差出すように、不審な者が見付かったり、強盗などに押入った者が判明したら直ちに捕という指示をしている。社会の変革期にはよくみられる出来事といえよう。強盗が出没するという物騒な出来事がおこる理由の一つには、混乱期それは一元に何らかの理由で、武器類を所持する者があったことによる。もある。治元年(一八六四)の天狗騒動により、武器類が大量に出まわったためで以ニ書付-申触候この処置についても藩は、次のように指示している。子年中御騒之瑚分取等致候武器類、其外品々所持致、文は当春脱走共より預り置候者も有レ之趣相聞候処、此節指出候ハ、格別御宥免472之御沙汰可レ有レ之候条、得ト取調、所持之者早々指出相納可レ申候、若隠置追て於ニ相顕一ハ厳重答申付候条、心得違無ν之様村中無レ洩可レ被二相達一候、右見届順達留り村より、追て御役所え可レ被レ返候以上五月十二日桑名安一郎大内孝太郎つまり子年(一八六四)の騒ぎの際に分取った武器か、文は今年(一八六八)の春に諸生派が水戸城下を脱走して奥羽へ向かった時、その脱出する者から武器を預かるなどして、所持する者があったならば直ちにその武器類を差出すようにせよ。提出した者には格別の思召しで処罰しないが、隠して所持していることが後日明らかとなれば、厳重な処罰があるから心得違いのないように、という趣旨の触である。混乱期には何らかの理由で武器類が出廻ったのであろう。それを急ぎ回収することが治安維持のためにも急務であった。それにしても新しい時代となった当初は、何事も順調にいかなかったようである。藩から村むらへの通達についても、滞りがちであった様子が次のことからわかる。以ニ書付一申触候村々支配符継立之儀-一付てハ、先年より相達置候振も有レ之候所、近比継立及ニ遅滞一候村方も有レ之、如何之事ニ候、第一御用弁え相拘り不二相済-事ニ候条、尚更此上遅滞無レ之様相心得継立可ν被ニ取扱一候、右見届早々順達可レ被レ致候以上七月廿日橋本寿八郎宮部辰之介