ブックタイトル潮来町史

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概要

潮来町史

同年十一月には明治節奉祝及び国民精神作興週間、翌年二月には肇国精神強調週間等を実行した。}れらの諸行事は精神運動を中心にして国不況と戦争第3章民の統合をはかろうとしたものであったが、翌年からは具体的な施策が実施されていった。政府は圏内の経済活動と国民生活を、全面的に統制する方針のもとに法案の作成を急ぎ、昭和十三年四月の国会で国家総動員法が成立した。この法律は全部で五O条からなり、第一条には目的として「戦時(戦争に準ずべき事変を含む)に際し国防目的達成の為国の全力を最も有効に発揮せしむる様人的及物的資源を統制運用する」と明記されていた。そして目的を達成するために、政府は勅令により国民の徴用、団体の協力、雇用の制限、争議行為の制限、労働争議の防止、工場施設の収用、物価女子青年団の撃耕講習統制、出版の制限・禁止等あらゆる面について命令する権限を持つものと規定された。}の法律は、国会の持つ立法機関としての機能を完全に否定するものであり、議会政治を根幹から否定するものであった。オ1により、政府の権限は圧倒的なものとなり、戦争遂行のための国策が一方的に決定されていくことを意味していた。翌年には国民徴用令や物価統制令など、国民生活を根底からゆるがすような勅令が次々に出されて第V-57図、っ,匂OLナ'物的にも人的にも恵まれない日本が、中国との戦争を遂行していくためには、国内の資源を軍需関係に重点を置きながら効率よく配分していく必要があった。在郷軍人会、婦人会、青年団等を柱として農業生産増強運動、愛国国債購入運動、貯蓄報国運動等が展開され、物資の活用、消費の節約、春修抑制、禁酒禁煙、心身鍛練等の運動が展開された。昭和十四年九月一日からは、毎月一日を「興亜奉公臼」とすることになっfここの日は早起きして宮城遥拝や神社参拝を行い、食事は一汁一菜とし、子供は日の丸弁当を持参すること、禁酒禁煙、料亭や娯楽場は休業とすることとなった。685