ブックタイトル潮来町史
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潮来町史
代現近V水道への加入推進運動などを展開していった。昭和四十九年二月二十日814には潮来町と茨城県教育委員会が共催して「郷土をよくする研究集会」が聞かれ、町の行政、議会、教育関係者や一般町民、高校生、中学生など一O五名が参加した。この年には茨城国体が開催され、潮来町がポlトや弓道競技の会場になることもあり、美しい環境を作ることについて熱心な討議が続けられた。}の集会における論議の結果、「前川をきれいにする会」が発足することになった。また四月には水質監視員制度を設け、北浦、常陸利根川、日の出地区とその周辺流域における水質汚濁ゃ、ゴミの不法投棄などの発生状況をとらえ、汚濁の未然防止を図る活潮来浄化センター動を開始した。昭和五十年五月の水質監視員会議では、目立ったものとして、水洗便所から浄化されない汚水が流れていることが指摘されている。家庭で取り付けられたし尿浄化槽の適切な管理がなされていない結果として、このようなことが発生するのであった。町ではし尿浄化槽の第V-92図正しい管理について何回にもわたって広報活動を行っている。昭和四十九年六月には「清掃の日」が設定された。これは町当局と民生協議会、区長合同会議の席で、きれいな町づくり運動の一環として決まったもので、毎月第三日曜日に自分の家やその周辺、道路・側溝や排水路、河川・公共広場などの清掃を行うといったものであった。また昭和五十一年には潮来町が、下水道の整備促進と河川をきれいにする運動の一環として、小学生から標語の募集を行った。}れには五三三点の作品が寄せられた。旧潮来町域に公共下水道が引かれた昭和五十四年には、十月から十一月までの二か月聞を下水道促進月間とし、水洗便所に改造する家庭へ補助金の交付や資金融資を行い、公共下水道に接続して使用を開始した家庭には、景品を贈るなどの手段を講じながら、下水道の普及活動を展開