ブックタイトル潮来町史

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概要

潮来町史

俗VI民するといわれた。「花祭り」「瀧仏会」ともいう(潮来)。もと陰暦であったが現在は陽暦で行う。軒先の菖蒲〔水原〕「地花2蔵御み堂堂fに」花で飾つfこの中に釈迦の立像をすえ、甘茶を注ぐ。またこの第VI-14図甘茶をいただく(津知)。寮では、お堂の屋根を花で飾り、釈迦の尊像を安置する。参詣人は、柄杓での尊像に甘茶をかける。宮前では、「おで、甘茶をかける行事がある(延方)。釈迦様」といい鹿嶋市の根本寺で一年の豊作を祈願する。またお寺など「お釈迦様」といい、念仏講の老人達が集会所に集まり、「釈迦祭り」を行う。お釈迦様の家の屋根を花びらで葺き、お祭りをする(徳島)。五月五日、男児のいる家で行う。端午の節句お釈迦様に甘茶をかけて庭などに鯉のぼりや、武内宿禰、神功皇后、加藤清正などの峨を立てる。家では「柏餅」をつくって、内飾り前、神棚、仏壇に供え、また親類、近所などへ配った。この日菖蒲と蓬を軒834先に下げ、菖蒲湯に入って子供の成長と家族の無病患災を祈った(潮来)。「五月節句」ともいう。鯉のぼりを立て、武者人形を飾り、柏餅や草餅をついて食ぺる。初節句の家では、他家からお祝いをうけ、そのお返しに相餅を贈る。また菖蒲、蓬を家の軒にさしたり、屋根にのせたり、菖蒲湯に入る家もある(津知)。軒先に菖蒲、餅草(蓬)をのせ、菖蒲湯に入る。男児のいる家では臓を立て、屋内には菖蒲万や武者人形などを鎧植の前に飾り、子供の成長を祝う。家では相餅をついたり、赤飯を炊いて祝い、子供に晴着を着せて氏神様・鎮守様にお参りをする。初節句のときは、嫁の実家から鯉のぼりが届き、両親、仲人等を招待して祝う(延方)。男の子の節句で、鯉のぼりや織を立て、武者人形を飾り、子供の成長を祝う。軒に菖蒲を吊し、また菖蒲湯をたてて入浴する。初節句の家では、親戚、知人を招待して祝うが、現在は旅館等で行われるようになった。近親者は鯉のぼりや武者人形を贈る(大生原)。なお、五月中には立春の日から数えて八八日目の「八十八夜」がある。家のまわりの茶畠から、新芽を摘んできて製茶する。近所の人などが手伝いにきて一年分の茶をつくる(潮来、津知)。また田植えの終了にともない、ノウシアゲ(農仕上げ)といい五月十日頃、赤飯や料理をつくり労をねぎらつた。潮来のみはボタモチである。大生原では、六月一日の行事としてオカケがある。オカケ・虫送り・その他大賀は、富士浅間神社の祭日で、オカケという。旧六月一日と二目、家族全員で当番の家に集まり、ご馳走をつくって、日頃の農事の疲れをとり、また豊作を祈願した。二日間の