ブックタイトル潮来町史
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潮来町史
とうかんや十月十日の行事は、「刈り上げ」「十日夜」「亥の子」亥の子の地っきとあるが、潮来地方ではすべて「亥の子」とよんでタンショ」と唄う。各家からはお金や食べ物をもらい、あとで分け合う。おり、石で地面をつく行事がある。鹿行南部の特色「お亥の子だ、昭和二十二、三年頃から行われなくなった(六丁目)。方法は同じ。歌はお亥の子だ、当家の旦那はお亥の子だ」。昭和の早め頃ある行事のため、地方ごとに紹介することにする。まで。また大洲の歌は「いいの子だ、潮来地区直径二、三0センチの石に、一メートルほどの縄を何本か子だ、物も金ももうかるように、もう一つおまけにドッカンショ」。しばりつけ、子供らが各家を廻り、手にもった縄で石を上げ、地面に落いいの子だ、今夜はどこのいいのサンヨーボッタンショ、もう一つおまとす。このとき「お亥の子だ、お亥の子だ、今日はどこのお亥の子だ、かねぜに日一那様のお亥の子だ、金も銭ももうかるように、サlン、津知地区けにドッカンショ、}の夜子供らが、「亥の子餅」といって新米で餅をつく。新藁を縄で巻いて棒状につくり、ヨlイ、ポッ事fT中年第1章}れを手にもって、「お亥の子だ、お亥の子だ、日一那様のお亥の子だ」と唄いながら家いえを訪れ、地面を叩いて廻る。家いえではこの藁鉄砲をよろ月見の名称(8月15日芋月見,9月13日栗月見)こんで、餅や菓子を与える。}の日に杷る神様を「亥の神様」といい、作神と考えている。本来田の神様であっ「た庭Eと打者い尾お「L- '0iさ全扇よ期与頃旦云~~ 1"丁わ築抽れiコた辻藁鉄砲は延方地区}の日餅をつく。子供らが石を縄でしばり、三、四人でもち、「お亥の子だ、お亥の子だ、旦那様のお亥の子だ、もう一つおまけにポッタリショウ」といって、ついて歩く(宮前)。「お亥の子だお亥の子だ、今夜はどこのお亥の子だ、旦那様のお亥の子だ、銭も物ももうかるように、も一つおまけにボッタリショ」(新宮、第VI-21図宮前、洲崎)。亥の子といい、夜はどこの家でも餅をつき食ぺる。一OO個位餅を丸めて用意する。日が暮れると子供らが集落の東に集まり、適当な石(約人頭大)をメートル位の長さの縄で何本かしばり=戸一戸の家の庭で、「亥の子なl、亥の子なl、今夜はどこの亥の子841