ブックタイトル潮来町史
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潮来町史
小さいのをつくる等の伝承がある。と、きれいな子が生まれる。小さい口の子が生まれるように縄たわしの一一日目は出産の際安産のためもたせたところもある(潮来)。ミツメ(三ツ目)のポタモチで、乳がよく出るように産婦に出産・誕生初産は実家、二人目位から婚家で、家の場所は離れか納戸どで、取り上げはトリアゲ婆さん、産婆である。出産後の産婦の手当てにも通ってくれた。後産は、ノチ産ともいい、墓地へ埋める。一般に墓地へ埋める。また墓地のほかに家のえんの下に食べさせる。ポタモチ(オハギ)は、重箱に入れて仲人、産婆、親戚、知へその緒は麻紐でしばって、ササゲ豆でつくる(大生原)。人等に配る。三日オポヤともいう(潮来)。精米を多く入れて焚き、簡ははさみで切り、生まれた子は一般にアカンポウ(赤ん坊)とかアカゴ(赤児)という。産湯はたらい、婚家先の場合は嫁入りに持参したものを使う。産湯は陽のへソナを桐箱に入れておき、嫁に行くときあたらないところへ捨てる。産婆の話として、「男の子を出産したら玄聞から大いぱりで帰れるが、女の子なら埋めたところもある(徳島)。ネL儀生人第2章湯〔新宮〕産VI-27図ば勝手から小さくなって帰る」といわれたそうである(潮来)。双子は昔、動物腹といって嫌った。一人は間引きをするかまたは他へやってしまったという(延方)。り〔大賀〕またザルに入れていったん捨て、それを近所の人に拾ってもらい、育てるようなこともした。手竺~オシチヤ(お七夜)に名付け(命名)をす宮る。易者にきいたり、家族が協議して付VI-28図け、生年月日と決まった名前を半紙に書いて、十四日以内に役場に届ける(大生原)。子供が誕生してからオポヤキ・オポヤアキ(産部屋あき)豆二日間まで、産婦はマクラワラ(枕藁〉といって、藁二一本をまるめて麻綿で結わえて枕とし、毎日849