ブックタイトルうしぼりの文化財 民俗資料編

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概要

うしぼりの文化財 民俗資料編

長者屋敷はあのチョロリ稲荷から東は潮来の稲荷山北は台上戸にかけての一帯と見るべきでしょう。「尾野詰山から観音寺に抜けるどすでに台上戸。入江を廻ってつながることにもなりますね」。「この昔話は貴重品です。この話がもう一度世に出るど、それは潮来のものか、牛堀のものか、所有権争いにもなりかねませんよ」。翁の書院を我が物顔として集まる人達どて談論風発どはこのこと。尽くる所を知らなかったが、これど言う結論が出なかったこどは無論のことである。長者屋敷あとど言われるこの丘に立ては、目の下は十六島の田圃ど江問。常陸利根川が帯のように光り、板東太郎を越して香取の森がかすむ。一本の煙草をくゆらすに四季を問わない。土地の人と言わず、旅の人ど言わず速い速い昔の話、時の流れにやがてはその姿をかくそうとするこの言舌にいっときの思いをめぐらして頂きたいものである。さて、時棚山の地元の人々はこの話についてどのような事をこ'存知なのであろうか、雨もょうの臼ではあったが、先づ上戸川部落に足を運ぶ。内堀湾、太郎さんの話(明治35年生)「浅間塚の魚に谷聞がありますネあの谷間の東側一帯を謄棚山ど言っておりました。大きな塚が一つありまして(今は水道の給水塔どかいうものが出来てしまいましたbつその3家にはいくつもの段々ゐずあってそうそうF皆手交のようになっていて- T度お祭りの時色々な物をお供えするようになっていました。お膳立てをしたのではあるまいか? そんな風に聞ていましたが」。「そうすると膳棚心ですか、膳立山ですか」。「そう言われるとどうも困りますナア。キムらは子供の頃からゼンダラ山、ゼンダラ山と言っていましたので。変な風になっちまったのかも知れませんネ」「道祖神さまにお願いする、それはそうなんですが。お膳やお椀は山の方へ出たとか言う人がありましたが。-130-