ブックタイトルふるさと潮来 第六輯
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ふるさと潮来 第六輯
なご斗り金のごとくに成りて四方ののきを此柱にて持ちて居たり。きのえい由、此駐立直すに究めて、元禄七年甲戊の正月二十七日より取掛りほぐして見れば、棟木たる木台輪、組物、或は板に書いて打付けて置きたる物を見候へば、其時手伝したる人の姓名、或は年号月日などレ由を室田付置きたるを見て当戊の年迄考へ、候へば、五百十一年と相見え候右書付之ある諸道具は、又すぐに屋恨の内へ納め置き候物也。此殿五百余年に相成り候をおもへば、さのみ零落にも及ばざる事也。一、当寺は、御朱印も姶石、その外除地、赦免の田畑も之有り、山林竹木も候へども、大がらん、棟数之有るに付きいっとても内証、不足成る如く候。檀家も漸く百五・六拾軒候へども、皆貧家也。之に依り。当住瑞雲長老にも何としても大破所斗りも繕イ屋根のあきかい迄にむと思召し候へども、それ程の事にも調へかね候に付き、元撮六年酉の春中、関戸理兵衛方へ頭壇那、ト人斗りょせ奉加の相談致し候処、奉加よりは芝居興行致し候が然る可しと申す者多く候故、其盆芝居に薩摩庄太夫と云う操りを興行致し候。諸入力指引き残り金拾両弐分、当村引礼金弐両、他村へ遣し候札は、秋中米にて取り候筈。八月より極月右の金に預け利金彼是酉の極月まで拾七両弐{』HW織として}分と成り候。長老御悦び、先づ此の金を台といたし、来春とくに取り掛り申す可く候。夫にて就いて江戸崎大工新兵衛と申す者西蓮寺の御堂を立て候時、長老にも西蓮寺にて知る人に御成り候処、大成者ものにて、心.さしも之ある者に候問、下地繕イ致す候とも此者に見せつもらせ成らる可く候由、御付けて極月初めによびょせ、相談のある処、新兵衛併殿の様子を見申し候て中し候は、大般の処あらましにつくろい、葺かい迄に、金四拾四・「九州にてとどまりかね巾す可く候。然れども、左様に致し候とも、同の角の木柱の地形くつろぎ下り候故、上の大輪も折めっき、くみ物もぬけ候処御座候いか様此併殿の年数も四・五百年にも罷り成る可く候。然らば五拾両におよぶ金子御入れ成され候ても、漸く二十年こらえ申す可く候。しかれば、只今御立て直し成され候方が然るべき物と存じ候。いろいろ御すすめ申し候へども、長老にもいまだ四十両の金子さへ調へ処とて覚えず候へば、御挨妙にもおよびかね候処、文新兵衛申し候は、連(川副Hどうして色、何としても}も私を御頼み有らる可キ思召に御座候はば、是非ともに立直し申し度く存じ候。然らば、私親子、弟子三人は、いつ迄も金子の出来候迄は、作料申し請け間敷く候。何年にしても、御扶持斗りにて働き申可候。一雇い申す大工・木挽き妻子をはぐくみ申す者どもに御座候問、時々をあてがい申さず候はば成り中す間敷く候。調イかね申し候はば、尊前様を御先と致し私袋をかつぎ勤化奉加に罷り加わる可く。例法の有難き事には、かならず成就致す物に御座候などいろいろ御進め申すに付き、又々壇中を御ょせ、右の段御相談いろいろ之もっとも有る処に、関戸瑞沢申し候は、新兵衛中され候処至極尤の事に御座候。和尚を先立て、新兵衛罷り加わり候程に候はば後、檀家若き者どもも何かよそには罷り成るまじく候。いか同僚口ハ今回十・五卜の金Qdqdを入れ候ても、一-卜年の内外漸くたもち中す可き候はば無読の事に御座候。新兵衛申され候処時キの至りと申すに本る可く御座候。まいりかね候はば、すだて斗りして尾根さへふさぎ候はば指し置かれ候と思召し御取付成らる可く候と申候へば、打寄せ候者尤の事同じ、酉の極月十日比、此ギ決定、来氏の正月松立て候はば、吉日次第取付け候筈に申し合せ候事。